インドネシア製材工場の管理運営をしていました |
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私たちは1984年から1989年までの間、インドネシア製材工場立ち上げから管理運営を行い日本向けに製材品の輸出を現地企業と協力して行ってきました。 その輸出量は月間 2,000立方メートル 20ミリ厚みのデッキ材に換算すると 約10万uになります。 |
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日本市場は規格、品質に非常に厳しくこれらの要求を満たさない製品は同じ素材であっても価格に大きな開きが生じ品質管理のやり方次第で収益に雲泥の差があらわれます。 このような厳しい条件をクリアし日本市場で競争力のある製品を供給するシステムを構築していました。 |
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| これらの経験や技術の蓄積をウッドデッキ生産に生かし、他社がまねできない安定した製品の供給を可能にしています。 ■■ どうぞ安心して私どものデッキ材をご利用ください ■■ |
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■ 原木で頑丈な橋を造る ■ |
| 山奥から伐採して運んでくる途中に河川があると原木を利用して30トン近くあるトラックがわたれる橋を造ります。 ブルドーザーに付けたウインチで直径80cm、長さ15メートルくらいの原木を引きづり橋の基礎を造っています。 クレーンなどの大きな重機は山奥に入れないので、経験と知恵が物を言う職人的な世界です。 |
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■ 遠い地の果ての様でした ■ |
| 工場全景を臨む高台から、 長屋の様に縦に長い建物は合板工場設備と倉庫です。 私たちが管理していた製材工場は写真左端に見える建物にあります。 写真に写っている人物は現会長です。 この島の位置はインドネシアの東側にあり、イリアンジャヤ(ニューギニア)まで 約400kmの距離です。 この当時はこの地域に電話回線は来ておらず、本島(アンボン島)と無線を介してかろうじて通信が行われていました。 |
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■ 製材機台車の基礎工事 ■ |
| 真っ直ぐな製材をするために必要な「製材機台車」レールを真っ直ぐに敷きその上を正確に移動させることで正確な寸法が得られます。 大きなU字溝を造り、その頂点にレールを左右に乗せます。 人力で掘っていると大変です、バックホーで一気に大きな溝を造ってしまいます。 重機のありがたさがよくわかります。 |
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■ 原木置き場 ■ |
| 山奥で伐採された木材は ロギングトラックに乗せられ工場脇までおろされてきます。 直径80cm 長さ13メートルの1本当たりの重量は6トンくらいになります。 これを3,4本と乗せて急な山道を下ってくるドライバーは命知らずで元気そうな人たちです。 |
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■ 台車付き製材機 ■ |
上の土木工事していたところの台車が稼働しているところです。 ちょっと見にくいですが、青い箱から垂直に降りているのが高速で回転する帯状のノコギリです。 高さ80cmくらいの原木をあっという間に薄い板材にするのですから、人が触ったら大変な事になります。 とても危険な作業です。 |
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■ 両面耳スリ機 ■ |
台車付き製材機で薄くした板材の両側を切り落として断面形状が長方形の板を造ります。 人工乾燥済みデッキ材の場合はこの工程が終わったものを日陰で風に当てて自然乾燥し、含水率が35%位になったところで人工乾燥機に入れてしっかりと乾燥をさせます。 これらは25年も前の写真で、ネガからデータ化したのでレトロな感じがします。 |
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■ 工場内の港 ■ |
製品になった木材は工場に隣接する港から木材専用船に乗せられ世界各国へ送られていきます。 手前に係留されている船は3千トンほどの原木専用船で、沖に停泊している船は15千トン程度の船だと思います。 船積みは時間との競争になり、昼夜休まず積みきる作業になるのでシフトを組んでいても体力勝負になるシーンがたくさんあります。 |
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■ 工場全景 ■ |
このような地の果ての様なところで仕事をして、現在のウッドデッキ製品作りに生かしています。 皆様に安心してご利用頂ける製品の供給が出来るのも、このような過去の経験、技術の蓄積があるからです。 この時期があったことをとても感謝しています。 Wood-decker 代表 佐藤行男 |
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